東京へ行く予定が入ると、
私は少しそわそわする。
東京に行くにあたって
毎回重大な問題に直面するからだ。
「今回は何袋カールを持っていくか」
言うまでもなく、
カールはもう東日本では売っていない。
西日本限定になってからしばらく経つが、
これが思った以上に効いている。
東京の友人たちにとって、
カールはもはやお菓子ではなく、
思い出のカテゴリに分類されている。
「え、まだ売ってるの?」
「昔はコンビニで普通に買ってたよね」
「最後に食べたのいつだろう」
こういう反応を見るたびに、
私は静かに優越感を覚える。
そう、
私は今も
カールを"仕入れられる側"の人間
なのだ。
とはいえ、
関西に住んでいるからといって、
日常的にカールを買っているわけではない。
正直、自分用に買うことはほとんどない。
なのに東京へ行くとなると、話は別だ。
完全に「お土産枠」としての
地位を確立している。
問題は、
どこで手に入れるか
である。
普通にスーパーで買ってもいいのだが、
東京へ向かう動線を考えると、
一番都合がいいのは新大阪駅だ。
新幹線改札内。
あのエリアには、
なぜか当然のように
カールが置いてある。
私はいつも、
出発前にさっと棚を確認する。
チーズ味、うすあじ。
両方揃っていれば当たりだ。
その光景は、
冷静に考えると少しおかしい。
出張前のビジネスパーソンや
観光客が行き交う中、
私は一人、カールを何袋も手に取っている。
そしてレジにいる売人へと
そのカールたちを差し出す。
「これはお土産です。
自分で全部食べるわけではありません」
誰にも聞かれていないのに、
心の中で言い訳をする。
東京に着いてからの配布はスムーズだ。
「これ、関西限定なんだよ」
と言いながら渡すと、ほぼ確実に喜ばれる。
金額的には決して高価ではない。
むしろ安い部類だ。
なのに、
受け取った側のテンションがやけに高い。
この瞬間、私は気づく。
東京に持ってきているのは、
カールそのものではなく、
「もう手に入らない記憶」なのだ。
中には、
その場ですぐ袋を開ける人もいる。
そして一口食べて、こう言う。
「これこれ、この味」
あまりにも期待通りの反応で、
少し笑ってしまう。
カールは裏切らない。
ただ、ここで一つ問題がある。
カールは、かさばる。
軽いのに、存在感がすごい。
袋の形状が自己主張をやめない。
スーツケースに入れても、
「ここにいます」と常に主張してくる。
結果、東京の人間たちは
私のどでかいキャリーケースを見てこういう。
「何をそんなに持ってきたんですか?」
と聞かれる。
そのたびに私はこう答える。
「カールです」
説明は以上だ。
たまに、「お金払うから買ってきて!」
と言われることもある。
でもそれは、なんか違う。
私がやりたいのは商売ではなく、
あくまで“ちょっとした驚き”の提供だ。
新大阪駅で仕入れ、東京で配る。
この非効率さこそが大事なのだと思っている。
冷静に考えれば、
別にカールでなくてもいい。
もっとオシャレなお土産もあるし、
話題性のあるものもある。
それでも私は、今日もカールを選ぶ。
理由は簡単だ。一番ウケがいいから。
こうして私は、
東京へ行くたびに、
なぜかカールを密輸している。
実際には何一つ悪いことはしていないし、
堂々と買って、
堂々と渡しているだけだ。
それでも、新大阪駅で
カールをまとめ買いしている自分を見ると、
「もう少しスマートな大人になれなかったのか」
と思わなくもない。
たぶん次に東京へ行くときも、
私は同じことをする。
新大阪駅で売人と目を合わせ、
袋を抱えて新幹線に乗る。
カールがなくなったら、
この習慣も終わる。
それまでは私は
今日も関西側の人間として、
静かに密輸を続けるつもりだ。
