とまる。のだいたいこんな毎日

日常で起きた小さな事件を、少しずつ書き留めます。

アイススケートで自称「氷上の妖精」と化し、お尻が4つに割れた話


先日、アイススケートに行った。
人生で初めてのアイススケートだ。

 

 

子どものころに
ローラーブレードはやったことがある。
あの、かかとにブレーキがついていて、
調子に乗ると確実に転ぶやつ。

 

 

だから正直、

 

「まあ似たようなものだろう」

 

くらいの気持ちでいた。

 

 

とはいえ、初めては初めて。
ちゃんと滑れるのか。
そもそも立てるのか。

 


30代の身体は、
氷という未知の床に耐えられるのか。

 

 

若干の緊張を抱えながら、
レンタルのスケートシューズを履き、
ついにリンクへ。

 

 

恐る恐る、氷の上に足を置く。

 

 

...立てる。

 

 

しかも、思ったより安定している。
ツルッといく感じもない。

 

 

「え、もしかして、もう滑れる?」

 

 

念のため最初は
リンクの周りの柵につかまりながら、
ゆっくり一周。

 

 

全然いける。

 

 

普通に進めるし、
転びそうな気配もない。

 

 

これは、もしや。

 

 

柵から手を離してみる。

 

 

いける。
普通に、スーッと進む。

 

 

むしろ気持ちいい。

 

 

「...余裕じゃない?」

 

 

スイスイ進む。
思ってたより速い。
なんか、それっぽい。

 

 

頭の中で、
いらない考えが浮かび始める。

 

 

これは、センスなのでは?
とんでもない才能なのか?

 

 

もし小さいころからやってたら、
今ごろ

 

「氷上の妖精」

 

などと呼ばれ
世間の注目を
浴びていたのではないか。

 

 

そんな、
一切根拠のない自信を携えながら、
ビュンビュン滑っていた、その瞬間。

 

ステーン!!!

 

気づいたら、
視界いっぱいに天井。

 

 

状況を理解するまで、
2秒くらいかかった。

 

 

見事なまでの大転倒。

 


リンクのど真ん中で、
しっかり尻もち。

 

 

完全に、
「初心者が調子に乗った結果」
である。

 

 

現実が痛い。

 

 

恥ずかしい。

 

 

さっきまで、
氷上の妖精を名乗っていた男が、
今は氷の上で寝転んでいる。

 

 

妖精、地に落ちるのが早すぎる。

 

 

それより何より、
お尻が痛い。

 

 

尋常じゃない痛さ。

 

 

これはもう、
間違いなく割れている。

 

 

妖精のお尻は、
4つに割れてしまった。

 

 

その後、
何事もなかった顔で立ち上がり、
ゆっくりリンクを離れる。

 

 

周りの人たちは、
優しいのか、冷たいのか、
誰も見ていないふりを
してくれていた。

 

 

ありがたい。

 

 

氷上の妖精(自称)は、
静かに、
そして速やかに帰路についた。

 

 

その日の夜、
なんとなくテレビで
フィギュアスケートを見た。

 

 

今までなら、
「すごいな〜」
くらいの
感想だったはずなのに。

 

 

この日は違った。

 

 

「え、滑れすぎじゃない?」
「なんで転ばへんの?」
「同じ氷やんな?」

 

 

尊敬というより、
もはや若干引いている。

 

 

そしてこの時の私は、
まだ知らなかった。

 

 

尻もちの痛みよりも、
もっと恐ろしい存在を。

 

 

翌日、
とんでもない
筋肉痛がやってきた。

 

 

太もも。
お尻。
よくわからない筋肉。

 

 

階段を降りるたび、
「アイススケート」
という文字が頭に浮かぶ。

 

 

氷上の妖精は、
現実を知った。

 

人生初の「メガネメガネ」をキメて、ショックで寝込む30代

 

先日、人生で初めてやってしまった。

 

あの、
いにしえから語り継がれてきた伝統芸能


「メガネどこやった?メガネメガネ」


を。

 

 

しかも、
ちゃんとメガネをかけたまま。

 

 

その日は
特に変わったこともない休日だった。。

 


家で過ごしていて、
何か作業をしようとして、ふと気づく。

 

 

「あれ、メガネどこ置いたっけ?」

 

 

ここまでは普通だ。
メガネはたまに外すし、
机の上だったり、ソファだったり、
記憶が曖昧になることもある。

 

 

なので私は、
ごく自然に探し始めた。

 

 


5分経過。

 

 

机の上にない。
ソファにもない。
キッチンにもない。

 

 

おかしい。

 

 

10分経過。

 

 

洗面所も確認した。
カバンの中も見た。
一度ゴミ箱まで覗いた。

 

 

それでもない。

 

 

「いや、さすがにおかしいな…」

 

 

ここでやっと、
頭をよぎる最悪の可能性。

 

 


ふと、
無意識に顔を触った。

 

 

指先に、
見慣れた感触。

 

 

そこには、
しっかりとメガネ。

 

 

かけている。
堂々と。
最初から。

 

 


一瞬、思考が止まった。

 

 

え?
じゃあ、
今まで何を探してた?

 

 

なぜ、
視界がクリアなことを疑わなかった?

 

 

そう、メガネを探している自分の視界が
クリアなことにも気づいていないのだ。

 

 

部屋の輪郭がくっきりしている。
スマホの文字もよく見える。
遠くの時計の数字まで、妙にはっきりしている。

 

 

でも、
この時点で一切疑わない。

 

 

「今日、目の調子いいな」

 


くらいに思っていた。

 

 

冷静に考えたら、
もうこの時点でアウトなのに。

 

 

そもそも、私は毎日
コンタクトをしているわけでもない。

 

 

普通に、
普段からメガネ生活。

 

 

それなのに、
「メガネがない」という前提を、
ここまで強く信じ込めるものなのか。

 

 


頭に浮かんだ言葉はひとつ。

 

 

老化。

 

 

いや、まだ30代。
気持ちは全然若い。
体力だって、たぶんまだある。

 

 

でも、


「メガネをかけたままメガネを探す」


という行為は、
明らかに一線を越えている。

 

 

ニュースや漫画で見て、
「そんなわけないやん」
と笑っていた側だったのに。

 

 

まさか、
自分がやるとは。

 

 


すべてを理解したあと、
急にどっと疲れがきた。

 

 

身体じゃない。
心が。

 

 

私はそのまま布団に入った。

 

 

体調が悪いわけではない。

 


ただ、
現実を受け止めるのに疲れただけ。

 

 

布団の中で、
ちゃんとメガネを外してから目を閉じた。

 

 

人生には、

「まだ早いだろ」

と思っている出来事が、
急にやってくる。

 

 

今回の「メガネメガネ」は、
間違いなくその一つだった。

 

 

次は何だろう。
冷蔵庫にリモコンを入れて
なくなったと大騒ぎするやつか。
スマホを探して
自分のスマホで電話しようとするやつか。

 

 

とりあえず次メガネを見失ったときは、
まず鏡を見るところから始めたいと思う。

 

納豆が大好き、納豆の素晴らしさをここにまとめる


突然ですが、
私は納豆が大好きだ。

 

 

好きすぎて、
特別な理由がなくても食べている。

 

 

朝ごはんに悩んだら納豆。


夜、ちょっと物足りなかったら納豆。


冷蔵庫を開けて、
何も考えたくないときも納豆。

 

 

気づいたら、
ほぼ毎日1パック食べている。

 

 

今日は、大好きな納豆の魅力を
ここにまとめておきたい。

 

 

 

 

まず、納豆は健康にいい。

 

 

これは間違いない。
どの成分がどうとか、
正直そこまで詳しくは知らない。

 

 

でも、

 

身体にいい
健康にいい
なんかすごくいい

 

この3点は、
日本人全員がなんとなく
共有している共通認識だと思う。

 

 

モデルさんや
美容に気を使ってそうな人も、
「納豆食べてます」
ってよく言っている。

 

 

それだけで、
「あ、じゃあいいやつだ」
と納得できる。

 

 

しかも
ナットウキナーゼ
という成分名がまた良い。

 

 

競走馬みたいでかっこいい。

 

 

 

しかも納豆は、
ご飯にかけるだけの存在ではない。

 

 

パスタに入れてもいい。
オムレツに混ぜてもいい。
ネギと卵と混ぜて焼いてもいい。

 

 

結局、
何に入れてもだいたいおいしい。

 

 

主張は強いのに、
ちゃんと馴染む。

 

 

このバランス感覚、
かなり優秀だと思う。

 

 


個人的に、
納豆の一番すごいところはここだ。

 

 

食卓に並ぶだけで、
生活が整って見える。

 

 

白ごはん。
納豆。
みそ汁。

 

 

たったこれだけなのに、
「ちゃんとした朝ごはん」
という空気が完成する。

 

 

他のおかずがなくても、
なぜか許される。

 

 

納豆のビジュアルが、
全体の栄養バランスを
勝手に底上げしてくれる。

 

 

「今日は丁寧な暮らししてます」
みたいな顔ができる。

 

 

実際は、
寝坊していたとしても。

 

 

 


しかし、

 

納豆の匂いが苦手

 

という人は多い。

 

 

それもわかる。

 

 

でも、
好きな人からすると、
あの匂いも含めて納豆だ。

 

 

開けた瞬間の、
「あ、納豆だ」
という感じ。

 

 

正直、
ちょっと癖になる。

 

 

香水にして振りかけて歩きたいくらいだ。

 

 

嘘です。すみません。

 

 

 


納豆の魅力を
もっと上手く伝えたい。

 

 

でも、
どうしても
「いい」「すごい」「おいしい」
くらいしか出てこない。

 

 

悔しい。こんなに自分の力不足を
恨んだことはない。

 

 

納豆側は、
こんなにも頑張っているのに。

 

 


なので私は、
難しいことは考えず、

 

これからも1日1パック、
淡々と食べ続ける。

 

 

それが、
納豆業界への
一番の貢献だと思っている。

 

 

今日も冷蔵庫には、
ちゃんと納豆が入っている。

 

 

それだけで、
ちょっと安心する。

 

 

ありがとう納豆。
これからもよろしく納豆。

 

 

1日デジタルデトックスをしてみた


最近よく聞く言葉に

 

「デジタルデトックス

 

がある。

 


スマホから距離を置いて、
心を整えよう、
みたいなやつだ。

 

 

正直、

 

現代で実行するの、
ほぼ不可能じゃない?

 

と思っていた。

 

 

でもある日、ふと

 

1日くらいスマホ持たずに
外出したらどうなるんだろう

 

と思い立ち、軽い気持ちで
実行してみることにした。

 

 

結果から言うと、
めちゃくちゃ不便で、
ちょっと楽しかった。

 

 

家を出て、
最初に困ったのは電車だった。

 

 

普段は完全にモバイルIC。
改札はスマホをピッで終わり。

 

 

でも今日は、
そのスマホがない。

 

 

久しぶりに
切符を買うことになった。

 

 

券売機の前で、
「いくらだっけ…」
と少し考える。

 

 

料金表を見るのも、
なんだか懐かしい。

 

 

無事に切符を買えたけど、
ここで一つ気づく。

 

 

スマホがないだけで、
移動の難易度が一段階上がる。

 

 

次の関門は、
友達との待ち合わせ。

 

 

当然、連絡は取れない。


「今どこ?」
「遅れそう」


もできない。

 

 

頼れるのは、
事前に決めた
集合場所と集合時間のみ。

 

 

もう信じて待つしかない。

 

 

少し早めに着いて、
周りを見渡す。

 

 

10分経過。

 


15分経過。

 

 

「もし来なかったらどうしよう」
という不安が、じわじわ出てくる。

 

 

結果、
無事に合流できた。

 

 

お互いに
「よかったね…」
という謎の達成感。

 

 

連絡が取れないだけで、
待ち合わせがイベントになる。

 


次に、昼ごはんを
どうするかという話になったとき、
いつもの流れならここでスマホ検索だ。

 

 

「〇〇駅 ランチ」
「〇〇駅 カフェ」

 

 

でも今日はそれができない。

 

 

しかも友達が、
「じゃあ私も今日はスマホ触らないでおこう」
と言い出した。

 

 

なぜか、
2人で縛りプレイ。

 

 

仕方なく、
歩いて探すことにした。

 

 

外観を見て、
「ここよさそうじゃない?」
で決める。

 

 

これはこれで、
ちょっと楽しい。

 

 

当たり外れはあるけど、
それも含めて納得感がある。

 

 

夜、居酒屋に入ってから
最大の問題が発生する。

 

 

QRコード注文。

 

 

完全に忘れていた。

 

 

スマホがないと、
何も注文できない。

 

 

今回はたまたま、
友達が注文してくれたので助かった。

 

 

でもこれ、
2人とも事前に計画して
デジタルデトックスしてたら
完全に詰んでいた。

 

 

店員さんを呼んで
「すみません、口頭で…」
と言う勇気はなかった。

 

 

デジタルデトックス
現代の居酒屋では
向き不向きがある。

 

 

不便なことばかり書いたけど、
いいこともちゃんとあった。

 

 

まず、
仕事の連絡を
一切気にしなくていい。

 

 

最初は


「緊急の連絡が来てたらどうしよう」


と少し不安だった。

 

 

でも午後くらいから、
どうでもよくなる。

 

「まあ、何かあったら明日でいいか」


という気持ちになる。

 

 

これが、
思っていた以上に楽。

 

 

一番衝撃だったのは、これ。

 

 

意味もなく
スマホを触ろうとする回数が、
異常に多い。

 

 

ポケットに手を入れる。

「あ、今日持ってないわ」

 

 

これが、
盛りなしで
100回くらいあった。

 

 

待ち時間。
歩いているとき。
信号待ち。
ちょっと
手持ち無沙汰な瞬間。

 

 

常にスマホを探している。

 

 

自分が思っている以上に、
スマホに依存していた。

 

 

音楽を聴けないのも、
新鮮だった。

 

 

普段どれだけ
イヤホンで
世界を遮断しているのか、
よくわかる。

 

 

人の話し声。
車の音。
店のBGM。
駅のアナウンス。

 

 

都会って、
こんなに
ガチャガチャしてたっけ。

 

 

最初はうるさいけど、
慣れるとそれも面白い。

 

 

結論、

ちょっと楽しかった。

 

 

常にやりたいとは
思わないけど、
1か月に1回くらいなら、
やってもいいかもしれない。

 

 

そう思いながら、
家に帰って
スマホを手に取る。

 

 

そして今、
この文章を書き終えたあと、
スマホゲームを
始めようとしている。

 

 

デジタルデトックサーへの道は
まだまだ険しいかもしれない。

 

 

人生で初めてLUUPに乗ったら、想像以上に自分が気になった


人生で初めて、
LUUPに乗った。

 

正確に言うと、
ずっと乗らずに避けてきたものに、
ついに手を出した。

 

街中で見かけるたびに思っていた。
便利そうだな、とは思う。


でも同時に、

 

「自分が乗る側になるのは
ちょっと違う気がする」

 

とも感じていた。

 

理由はよくわからない。


都会にかぶれた感じがする、とか、
意識高そうに見えそう、とか、


とにかく自分の中で
勝手にハードルが上がっていた。

 

それでも今回、
乗ることになった。

 

歩くには少し遠くて、
タクシーを呼ぶほどでもない距離。

 

言い訳としては完璧だった。

 

アプリを登録し、
近くのLUUPを探す。

 

思ったより
簡単に見つかる。

 

ここまではスムーズだ。

 

問題は、
実際に乗る瞬間だった。

 

立ったままハンドルを握ったとき、
急に周囲の視線が気になり始める。


たぶん誰も見ていない。
でも、見られている気がする。

 

「今から初LUUPです」


という空気が、
体からにじみ出ていないだろうか。

 

恐る恐る発進する。


...思ったより、
スピードが出ない。

 

いや、正確に言うと、
出そうと思えば
出るのかもしれないけど、
怖くて出せない。

 

想像では、もう少し
スーッと進むイメージだった。


現実は、かなり慎重な前進。
自転車より遅い気すらする。

 

それなのに、なぜか怖い。


足元が不安定なせいか、
「もし今コケたら」という
想像が一瞬で頭をよぎる。

 

スピードは出ていない。


なのに、
心拍数だけが上がっていく。


このアンバランスさが、
また恥ずかしい。

 

さらに困ったことに、
乗っている間、
姿勢が異様によくなる。

 

背筋が伸び、顎が上がり、
自分でもわかるくらい、
きれいな立ち姿になっている。

 

たぶん、転ばないように
無意識で力が入っているのだと思う。
でも外から見たら、

 

「LUUPに乗るときだけ
急に意識高くなる人」

 

に見えていないか不安になる。

 

一番つらかったのは、
信号待ちだ。

 

止まった瞬間、
急に世界が静止する。
自分だけが、
妙に目立っている気がする。

 

車道でもない、
歩道でもない位置。
ハンドルを握ったまま、直立不動。
視線の置き場がわからない。

 

スマホを見るわけにもいかない。
キョロキョロするのも違う。


結果、
遠くを見つめるしかなくなる。

 

その姿勢がまた、
やけに堂々としている。

 

「LUUP、乗り慣れてますけど?」


みたいな雰囲気を
出してしまっていないだろうか。
内心はバリバリ初心者なのに。

 

横断歩道を渡る人、
信号待ちの自転車。
全員が自分を見ている気がする。
もちろん、誰も見ていない。

 

こういうとき、
人は自分のことを過大評価しすぎる。

 

信号が青になると、
少しホッとする。
動き出せば、
また「移動している人」
になれるからだ。

 

とはいえ、
走っている間も落ち着かない。

 

速度は控えめ。
ハンドルはぎこちない。
姿勢だけはやたらいい。

 

都会の便利な乗り物
乗っているはずなのに、
心の中はずっと

 

「変じゃないかなかな?」

 

でいっぱいだった。

 

目的地に近づくと、
次の試練が待っている。
返却だ。

 

きれいに止められるか。
変な角度にならないか。
降りるとき、もたつかないか。

 

最後まで気が抜けない。

 

なんとか無事に降りて、
スマホで返却操作をする。
終わった瞬間、
どっと疲れが出た。

 

距離にしてみれば、
ほんの数分。


なのに、
やたら長く感じた。

 

歩き出してから、
少し冷静になる。
結局、LUUPは便利だった。

 

時間も短縮できたし、
特にトラブルもなかった。

 

問題は、乗り物じゃない。
完全に自分の自意識だ。

 

たぶん私は、

 

「自分がどう見えているか」

 

を気にしすぎている。


しかも、
誰も気にしていない場面で。

 

都会的なものに触れるたび、
どこかで

 

「似合ってないかも」

 

と思ってしまう。


LUUPは、
その感情をわかりやすく
引き出してくる装置だった。

 

それでも、また乗ると思う。
次はもう少し、姿勢を崩して。


スピードも、
ほんの少しだけ上げて。

 

慣れたふりをするより、
堂々と初心者でいたほうが楽だと、
やっと気づいた。

 

人生初LUUPは、
移動手段というより、
自分の自意識を運ぶ時間だった。

 

意外とスピードは出なかった。
でも恥ずかしさだけは、
しっかり加速していた。

 

 

映画館で起きた少しの悲劇

 

映画館に行くときは、
だいたい同じセットを買う。
ジュースとポップコーン。

 

これがあるだけで、
「映画を観に来た感」
が完成する気がする。

 

今回もいつも通り、
ジュースとポップコーンを持って
席に向かった。
あとは座って観るだけ。
何も問題は起きない予定だった。

 

席に着いて、
ジュースを置こうとして気づく。

 

ホルダーが、ない。

 

正確に言うと、
右も左も埋まっている。

 

右隣の人が、
自分の右側のホルダーを使っている。


左隣の人が、
自分の左側のホルダーを使っている。

 

つまり、
私の席の左右にあるはずのホルダーは、
どちらも他人のものだった。

 

こんなことあるんだ。

 

手元には、
ジュースとポップコーン。


どちらも
「映画中持ち続けたくないもの」
代表選手だ。

 

でも、
すでに予告編が始まっている。
暗いし静かだし、
ここで声をかける勇気は出ない。

 

結果、
私はジュースとポップコーンを
持ったまま映画を観ることになった。

 

正直に言うと、
腕がしんどいわけではない。

 

持てる。普通に持てる。

 

ただ、めちゃくちゃ邪魔。

 

ポップコーンを膝に乗せると、
ジュースの置き場が気になる。
ジュースを安定させると、
今度はポップコーンが不安定になる。

 

ずっと、どちらかを気にしている。

 

映画は進んでいる。
話もちゃんと理解できる。
でも、集中はできていない。

 

静かなシーンでは、
ポップコーンの袋の音が気になる。
アクションシーンでは、
ジュースを倒さないように気を使う。

 

頭の中の一部が、
ずっと「今、両手ふさがってる」に
使われている。

 

途中で思った。

 

「どっちか先に消費すればいいのでは?」

 

でも、映画館のジュースは氷が多い。
思ったより減らない。

 

ポップコーンも、
食べるタイミングを逃すと
一気に存在感を増してくる。

 

クライマックスのシーン。
たぶん感動的。

 

私は、画面と同じくらい
自分の手元を意識していた。

 

映画が終わって、
エンドロールが流れる。

 

ようやく、ホルダーが空いた。

 

とりあえず1回ジュースを置いたみる。
もう映画は終わっているので
何の意味もない。

 

映画館は快適だ。
ちゃんと座れて、
ちゃんと観られれば。

 

ただ、
ジュースとポップコーンを持った状態で
ホルダーが使えないと、
集中力は少しずつ削られていく。

 

でもたぶん、また両方買う。

 

映画館では、
欲張った時点でちょっとだけ負けている。

 

付き合ってはいけない男性の「3B」、いつの間にか最新版が出ていた

 

世の中には、
「付き合ってはいけない男性の3B」
という言葉がある。

 

バンドマン
美容師
バーテンダー

 

昔からよく聞くやつだ。

 

理由はだいたい想像がつく。
夜型、出会いが多そう、遊んでそう。
なんとなく不安定そう。

 

本当かどうかはさておき、
一応それっぽい共通点はある。

 

私はこの3Bを、
「まあ、わからなくもないよね。」
くらいの距離感で見ていた。

 

ところが最近、
この3Bに最新版があるらしい
という話を聞いた。

 

その名も、


3C

 

C?

もうアルファベットが
変わっている。

 

 

内訳はこうだった。

 

 

カメラマン
クリエイター
カレーをスパイスから作る男

 

 

 

…。

 

 

 

カレーをスパイスから作る男?

 

 

急に方向性が変わりすぎている。

 

 

カメラマン、クリエイターまではまだわかる

 

 

まず、
カメラマン。

 

 

まあ、わからなくもない。

 

 

フリーランスが多そう。
生活リズム不安定そう。
感性重視で生きてそう。

 

 

クリエイターも、
だいたい同じ枠だ。

 

 

仕事と趣味の境界が曖昧そう。
締切前は連絡取れなさそう。
こだわり強そう。

 

 

ここまでは、
3Bの延長線として
一応理解できる。

 

 

でも。

カレーをスパイスから作る男。

 

 

急に、
生活感が強くなる。

 

 

スパイスからカレーを作るって、
むしろ丁寧な暮らし寄りじゃないか。

 

 

市販のルーを使わず、
クミンとかコリアンダーとかを揃えて、
レシピを調べて、
時間をかけて作る。

 

 

それ、
遊んでるというより
真面目じゃないか。

 

 

むしろ
「ちゃんとしてそう」
まである。

 

 

なぜこれが、
「付き合ってはいけない」枠に
入ってしまったのか。

 

 

2つまでしか全く思いつかず
無理やり3つ目を捻り出したのか。

 

 

カメラマン
クリエイター

 

 

ここで、
もう一つCの職業が思いつかない。

 

 

コピーライター?
コンサル?
ちょっと違う。

 

 

そこで、
職業ではなく
ライフスタイルを持ってきた。

 

 

「カレーをスパイスから作る男」

 

 

たぶん、
最初に言い出した人間も今頃
「これでよかったんかな」
と思っている。

 

 

カレーをスパイスから作る人は、
たぶん悪くない。

 

 

正直に言うと、
私はこの3Cの中で
一番印象がいいのが
「カレーをスパイスから作る男」だ。

 

 

家にスパイスが揃っている。
料理に興味がある。
自分で試行錯誤する。

 

 

むしろ、
一緒に住んだら
ご飯おいしそう。

 

 

少なくとも、
理由もなく
「付き合ってはいけない」
扱いされるのは
気の毒だ。

 

 

そもそも職業で人を分けるの、
無理がある。

 

 

バンドマンでも、
誠実な人はいる。

 

 

美容師でも、
一途な人はいる。

 

 

バーテンダーでも、
早く帰って寝る人はいる。

 

 

カレーをスパイスから作ってても、
普通にいい人は山ほどいる。

 

 

結局のところ、
アルファベットで括るには、
人間は情報量が多すぎる。

 

 

3Bも3Cも、
話のネタとしては面白い。

 

 

でも、
本気で信じるものではない。

カレーは悪くない

 

 

もし今後、
「付き合ってはいけない男性の3D」
とかが出てきたら、
次は何が入るんだろう。

 

 

ドライブ好きな人
ドリップコーヒーにこだわる男
DIYが好きな男

 

 

もうそれは、
ただの趣味紹介だ。

 

 

とりあえず、
一つだけ言いたい。

 

 

カレーをスパイスから作る男は、
そっとしておいてあげてほしい。

 

 

というかずっと思っていたけど、
Cで「カレーをスパイスから作る男」なら

 

 

シェフ(Chef)でよかったのではないか。